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zoom RSS カンビン・ラオでGO! Scene 3

<<   作成日時 : 2006/05/09 12:39   >>

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画像初めてポンサリーに行ったのは2003年の事だった。

ビエンチャンから入ってラオス南部を周り、シェンクアン(ポーンサワン)〜サムヌア〜ビエンサイと行ったのち、ルアンパバーンからラオス最北端のポンサリーを目指したのだが、時間がないという事もあって就航3日目という国営ラオ航空の「ルアンパバーン〜ウドムサイ〜ポンサリー線」を利用する事にした。

チケットは確か、ルアンパバーン市内の旅行代理店で手配したと思うが、空港に行くと職員が僕のチケットを確認し、何故か嬉しそうに
「今日、ポンサリー行きに乗るのは二人だけだよ」
と告げた。

まあ、そうだろうと思っていた飛行機は案の定、Y-12(ワイ・シップソーン)。中国製17人乗りの飛行機である。

カウンターに荷物を預け、しばらく待っていると搭乗のアナウンスがあったので滑走路に。
と、他の外国人旅行者たちがさわつくのがわかった。

この時、空港ではかなりの数の外国人旅行者(欧米人)がいて、皆が待っていたのはビエンチャンに行く飛行機の出発。
ビエンチャン行きは空港ターミナルすぐ脇で待機していたのだが、こちらはもちろんATR72という当時、ラオス航空で一番大きい飛行機でした。

まあ、72にしてもボーイングやエアバスの旅客機と比べるとその小ささは歴然なのですが(プロペラ機だし)、その奥にとまっていたY-12は更に小さく、セスナ機程度の大きさしかないのです。

欧米人たちのざわつきは
「え?お前はそんなのに乗る気なのか?」
という事なのです。

しかし、他に選択肢はないわけで…。

という事で歩いて行くと、先ほど職員から話のあったもう一人の乗客、ビエンチャンから来たというラオス人の男子学生と滑走路上で会ったので挨拶。
低い入り口に頭をぶつけないようにして乗り込み、指定席ではないので真ん中辺の左右に分かれて座りました。
(壊れている座席もけっこうあった)

この飛行機は操縦席と客席の間にドアがないので、操縦席が丸見えです。
すぐに機長と副操縦士二人が乗り込んできて、客席を見たのでこちらもちょっと会釈(笑)。

「二人か〜」

と笑うので、学生に

「大臣にでもなったみたいだね」

と言うと、それを聞いていた機長たちも

「そうだな。あなたたちはVIPだ」

と言って大笑い。

その後機長はすぐにエンジンをかけ、管制塔と交信。
ドアがなく距離も近いので筒抜けである。

「ハロー、ルアンパバーン・コントロール。サバイディー」

って、やっぱサバイディーかい!(笑)

僕ら(二人)を乗せた飛行機はゆっくりと駐機場を出て滑走路へと向かった。ターミナルは滑走路の真ん中辺にあるので、一旦飛ぶ方向とは反対方向に進む。大きな飛行機じゃないので滑走j距離はそれほど必要じゃないらしく、ちょっと行ったところでUターン。いよいよ離陸だ。

エンジンの回転数があがる。

と、ガクガクガク

なんだか凄い振動が伝わってきた。
思わず学生と顔を見合わせる。

飛行機はちょっと滑走したが、まるでエンストする車みたいにガクガクと震えて停まった。

再び管制塔と交信し、元いた駐機場へと戻る。

ん?

「飛行機が壊れたから一旦降りて、ターミナルで待っていてくれ」

機長の話に飛行機から降りる。

見ると、どうやらブレーキがかかったままになっているらしい。
機長自らシャツの袖をまくり上げ、スパナを持って修理している。

バスか?バスなのか?

ターミナルに戻り、大勢の欧米人旅行者に

気の毒に

という目で見られる二人。

ビエンチャン行きは、僕らが飛行機の修理を待っている間に飛び立っていった。

そして待つ事1時間。

冷静な空港職員がふつーに

「直りました」

と言うので再び飛行機に。

「今日は二人ともポンサリーに行くので、ウドムサイには寄らず、直接ポンサリーに行く」

と言う機長。

「え?大丈夫(ーー;)、この飛行機で行ける?」

「大丈夫だ」

ほんとうだろうか?

僕と学生は胸の高鳴りを抑えられなかった。

それでも飛行機は離陸した。
ウドムサイから先の山岳地帯上空では木の葉のように揺れまくり、雲を避けて右へ左へ急旋回。
ポンサリーの空港近くでは雨雲が発生していて着陸の際、一度失敗し、左に大きく旋回したのち、なんとか無事着陸した。

もっと大勢なら拍手の場面だが、何しろ二人なので顔を見合すだけだった。
学生は僕と目が合うと胸を撫で下ろすゼスチャー。
あ、それって日本人と同じだ。

まあ、ともかく無事に着いた。やれやれである。
簡素な空港で空港職員によるパスポートチェックを終え、外に出ると雨は上がっていた。

しかし、実はここからがまた一苦労。

初めての場所だったので、自分はここがポンサリーだと思い込んでいたのだが、空港職員などに聞いてみると、ここはブンヌアというところで、ポンサリーはまだまだ先という話。
「歩いては行けない距離」
という事で、
「トゥクトゥクとかトラックとかないのか?」
と聞いてみるが、

全くないらしい…。

逆に
「え?車ないの?」
なんて聞かれちゃうし(ーー;)

あるかー!

途方に暮れ、再び空港の外に出ると、僕の視界に明らかに欧米人!という人の姿が…。

ピックアップトラックのパンクを直していたその欧米人に話し掛け、事情を話すと
「ポンサリーまで乗っていく?」
という話に。
「乗ります、乗ります」

ふと気が付くと、ちゃっかり同乗の学生もやって来てるし…。

欧米人はポンサリーでNGO活動をしていたフランス人で、途中、一緒に食事をしたあと、ポンサリーのホテルまで連れて行ってくれた。

ポンサリーからの帰りは欧米人旅行者を乗せてきたミニバスが、空で帰ると言うので、交渉してウドムサイまで乗せてもらった。

陸路も辛いが空路も辛い

そんなラオスの旅だった。

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