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<<   作成日時 : 2008/11/24 12:31   >>

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「コイ・ボー・フー・ナー・ポー」

これはラオスでの現地の人との会話で、家族の事を聞かれた僕が答える台詞である。

「僕は父親の顔を知らない」
そういう意味である。

これは本当にそうで、物心つかない頃に両親が離婚したため、自分は父親の顔を知らないのだ。

家族を大事にするラオスの人にとって、その話は少なからずともショックのようで、僕がそう言うと必ず、
「タマイ?」(何故?)
という風に聞かれるのだが、面白いのはここで正直に
「イェー・カン・レーオ」(離婚したから)
と答えると、そこですんなり話が終わってしまうところ。
まあ、離婚はラオスでもよくある話だからね。
戦争や病気などによる死別という事もあるラオスで、上記の話の流れだと、そういう答えも想像していまうのかもしれないが、それが「イェー・カン」という答えなら、まだ全然納得できる話なのだろう。
「それは仕方がないね」
そんな風な納得で話が終わる。

まあ、自分はそんなわけで全く父親の記憶がないので、時々、自分のそういう生い立ちを知った人に
「お父さんに会ってみたいでしょう」
と言われる事もあるんだけど、痛切に思うそれはない。
ただ、自分のルーツとして多少の興味があるだけである。

と、昨日は、その父の母、つまり自分のおばあちゃんが今年、ついに百歳になったというのを母から聞いて、久しぶりに祖母の家を訪ねた。
足や耳は悪くなっていたが、相変わらず呆けたりもせず、しゃんとしていたのは驚いたが、そこで自分の叔母から、父方の家の家計図や、沢山の古い写真を見せられた。

父方の家は元々高知の出で、その古いモノクロの写真の中にはおばあちゃんのおじいちゃん、自分から見ると高祖父にあたる人の写真があって、着物姿で刀を差して写っていた。
写真には文久という年号と共に土佐藩士○○と高祖父の名前が書かれていたのだが、どうも土佐の郷士だった人らしい。そんな時代の写真が取ってあったのにもびっくりしたが、土佐藩士って…。
坂本竜馬にも会った事ある人だったのかな。

自分の母方の家のほうの祖先は、清水の次郎長の子分という話なので、いずれにしても自分は血気盛んな血を受け継いでいるのかもしれない。

と、その古いアルバムの中に自分が初めて見る父の写真があった。
20年ぐらい前に撮られたその写真は、おそらく父が50代頭ぐらいのものと思われるが、自分が勝手に想像していた姿とは違い、ちょっと貫禄がある姿だった。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
私も小さい頃に両親が離婚したので
タイで「イェ〜クカンレーォ」と言います。
日本人みたいに謝られないところが楽ですね。
父親には会ってみたい気持ち半分、どうでもいい気持ち半分ですが、なぜ離婚したのか聞いてはみたいです・・
lin
2008/11/25 12:04
同じような感じですね〜。>linさん
正確にはイェークでしたね。
自分は理由より、経緯が知りたかったりします。離婚のだけじゃなく。
Gucchi
2008/11/25 15:39

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