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zoom RSS あの頃は…フッ!

<<   作成日時 : 2009/02/12 15:53   >>

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次に長い旅に出たのは、その4年後。やはり会社を辞めた直後だった。

実はその前年にも夏休みにバイクで北海道に行ったのだが、その時は期間が限られている事もあり、宿泊はライダーズハウスやペンションなどを利用しての旅だった。

それでも、初めての北海道。
加えて、周りに「北海道に行こう」という仲間もいなかったので、全くの一人旅。
それは大変刺激的なものだった。

この頃は、

バイク乗りは夏になると北海道に行くもんだ!

というような風潮もあり、自分も会社を辞めた直後、ごく当たり前に北の台地を目指してスタートした。

当事、自分はオートバイを2台所有していたのだが、前年は「SUZUKIのRG250ΓHB」というレーサーレプリカのオートバイで行き、現地でバイクが絶不調になり、大変苦労した思いがあったのと、いや、待てよ、スクーターとかのほうがゴーアンドストップは全然楽なんでは?なんて事を思っていたので、敢えて、この年はスクーターで行く事にした。

今でこそ、大型のスクーターが流行っていたりするが、当事は車種そのものが全然なく、高速に乗れるもので言うと
・HONDA フージョン(250cc)
・HONDA フリーウェイ(250cc)
・YAMAHA シグナス180(180cc)
あたりが代表的なものだったのだが、自分の所有していたのは、これまたマイナーな
・YAMAHA CZ150R(150cc)(写真)という、普通の人はまず知らないものだった。

これは同じYAMAHAのRZ125というスポーツタイプのバイクの2サイクル水冷単気筒エンジンをボアアップしたエンジンを搭載していて、オートマチックのくせにタコメーターなんかも装備していた。
当事のカタログの表紙には、ヘルメットを被りスーツ姿でこのバイクに乗った男の写真が載っており、
「都市を疾走するアーバンスクーター」
などという、よくわからないキャッチコピーが踊っていた。

今のスクーターというのは、シートの下に大きな収納スペースなどがあったりするのだが、こいつはそんなものどこにもなく、フロントカバーを開けると、そこにはラジエターとバッテリー、工具などが並んでいた。

一体何がしたかったバイクなんだろう?

でも、気がつくと自分はこの変てこバイクに跨り、東北自動車道をひたすら北へと向かっていたのである。

それにしても普通の人が乗らないスクーターに乗ってるというだけで、いろいろあるもんである。
東北道をしばらく走っていると、岩手あたりで前方になんと!まったく同じCZの黒を発見!
次のSAに仲良くランデブーで入り、話をしてみると、休みで青森まで帰るというおじさんだった。
「北海道まで?自分も若けりゃ行ってみたいね〜。じゃあ、気をつけて」
おじさんと別れ、八戸自動車道を走っていると、突然、青森県警のパトカーに止められ、
「ん、スピード違反もしてないし、なんでだ?」
と思いながら停車すると、
めちゃくちゃ訛ったおまわりさんに
「駄目だぁ〜、原付で高速乗っちゃあ〜」

…。

「いや、あの原付じゃないんですが…(^_^;)」

初日はむつで一泊し、翌日は大間まで行き、そこからフェリーで函館に渡る。
実はこの年、初めてテントというものを購入し、ニセコ近くで初めてのテント泊というものをしたのだが、キャンプ場がなかなかわからず、暗くなってからようやく探し当てたキャンプ場にバイクごと乗り込んで行くと、
「あー!スクーターだ!すげぇ!」
と、既にそこでキャンプしていたオフロードのバイク乗り数人に出迎えられ、テントの張り方なんかも、丁寧に教えてくれた。
「俺もスクーターっていいと思うんだよね」
と、やたら感心され、少し恥ずかしかったが、他の場所のお勧めキャンプ場なんかも教えてくれ、とても親切にされた。

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さて、この年、自分が意識してやっていた事に
・北海道を左回りに廻る
・できるだけ国道ではなく道道を走る
という二つの事があった。

左回りに廻るというのは、前年北海道を廻った時に、他のバイク乗りの人から
「北海道を左回りに廻る人は変人が多い」
という話を聞いていたからだが、それは確かにと思うところが多かった。
林道の真ん中でバイクの下敷きになっていた女の子。自分では起こせないから誰かが来るのをただ待っていたと言う。
朝、フェリーで北海道に着いて、最北端の宗谷岬まで行き、再び南下、1日の走行距離が800kmとか平気で言う広島の高校の体育教師(スキンヘッド)。
猫と一緒に旅をしていた猫ライダー。
自分で作った衣装のサムライダー。
まあ、そんな自分も、途中で全然知らない人から
「あ、会いたかった。探してたんですよ。なんか荷物が走ってるみたいな人がいるって聞いて」
などと言われたので、その一員だったのかもしれないが…。

道道は国道より圧倒的に交通量も少ないし、より北海道らしいだろうと思って、できるだけ道道をと思ったんだけど、ネックはスクーターならではの燃料タンクの小ささ。
北海道って、そんなに頻繁にスタンドがないんだよね〜。

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結局、1ヶ月ぐらいいたのかな。北海道。
この時、会った人で今でも親交がある人はいないけど、今でもライダーズハウスのアルバムには、若かりし頃の自分の写真が残ってるに違いない。

会社の退職金は、帰り道の仙台で手にして、一瞬、
「北海道に戻ろうかな?」
と思ったりしたけど、結局は東京に帰ってきた。
バブルの頃だったんで、その後は再び大忙し。

この頃の僕はまだ当然ラオスなんか知らなくて、そんな名前を耳にしたら、おそらく、
「え?羅臼?行った事ありますよ」
って言っちゃうような人だった。

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