Neutral

アクセスカウンタ

zoom RSS あの頃は…ヘッ!

<<   作成日時 : 2009/02/13 15:30   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 6

画像


海外に初めて行ったのも偶然と言えば偶然だった。

たまたま別の仕事で関わっていた編集プロダクションがガイドブックの仕事もしていて、ある時、唐突にその仕事(海外取材)をやってみないか?と誘われたのである。

今だったら、それこそ即答で「行きます」と言うところだが、正直、行ってみたい事は行ってみたいが、言葉の問題もあるしな〜、と、当時の僕は相当な及び腰で、その担当者にも
「いや〜、行ってみたい気持ちはありますが、英語ができないので…」
などと、実にあやふやな答えをしたのだが、その答えは彼にとって想定内のものだったらしく、
「あ、その点なら大丈夫。なにも1人で行くわけじゃないから」
と言って、数日後の打ち合わせの日にちを僕に伝えたのだった。

打ち合わせに行ってみると、そこには編集プロダクションの編集担当数人と、実際に取材に行くライターやカメラマンが集まっていた。
ガイドブックはオーストラリアのものだったのだが、オーストラリアは広いので、カメラマンとライターの3チームが手分けして取材を行うという事だった。
自分と組むライター氏は、既にオーストラリアでのワーホリ経験者で、英語は堪能。心強い存在だった。

画像


とは言っても、自分以外の人はけっこうこの手の取材に馴れた様子で、自分1人だけがけっこうドギマギしていたように思う。

行く時は成田で待ち合わせし、飛行機の中で取材に使うオーストラリアドルが配られた。
僕らの担当は主に都市部のシドニー、ブリスベン、ゴールドコースト辺りで、当事はもっと自然が豊かなグレートバリアリーフやタスマニアなんかに行きたかったと思っていたが、ろくに言葉もできず、この仕事にもまったく慣れていなかった自分は、よくよく考えるとそれで正解だったのかもしれない。

自分と同行したライター氏は英語にも慣れていたが、この手の仕事にも慣れていて、その日に宿泊する宿の手配はもちろん、取材先のアポ取りとかも手際よくこなし、自分はただ予定を告げられ彼についていくだけだった。
今、考えると相当なストレスだっただろうなぁ〜。

アデレードで一泊し、翌日シドニーへ。
そして、更に次の日から本格的な取材が始まったんだけど、まず、町が普通でびっくり。オペラハウスとか、ハーバーブリッジとか、確かにオーストラリアを思わせる建造物はあるのだけれど、オフィス街とかに限って言えば、なんだか新宿の西口にいるみたいだ。

英語にはとんでもなくコンプレックスを感じていたので、基本的な会話はライター氏任せ。最初の2週間ぐらいは英語は言葉として認識できず。というか、その意味を考えるという思考能力が完全に停止していて、単なる雑音だった。
とは言え、ライター氏が店などで取材している時、自分は1人で写真を撮って歩かなくてはならない。で、その際に要求する事があれば、言葉を発しないわけにもいかないのだった。

そんな状態の僕にとって救いだったのが、オージーはとにかく陽気でフレンドリーな人が多かった事。

これはのちに旅先で会ったイギリス人からも聞いた事なのだが、
「母国語じゃない言葉を話すのは大変」
そしてその事を
「みんな知っている」
という事実。

僕なんかは海外行くと
「ひゃ〜、頑張って英語喋んなくっちゃ〜!(しかも上手に)」
なんて事を長い間思い続けていたのだが、たどたどしい英語で
「日本から来たんですけど…」
な〜んて言ってる人間に、完璧な英語で喋る事を強要する人間なんてどこにもいないのだった。

この取材でも、自分が話した人の多くは
「うんうん」
と、実に丁寧に人の話を聞いてくれ、ゆっくりとわかりやすい英語で話してくれた。

なんとかなっちゃうかもしれない…。
ほんの少しの希望が見えた旅だった。

画像


シドニーからは国内線でブリスベンに移動。
ブリスベンは高層ビルとかもいっぱいあるのに、ものすごくこじんまりした町で、実はこの時行った中では一番気に入った町だった。
シドニーでは写真を撮ったりしてると、日本人の旅行者に話しかけられる事もあったのだが、この町にはほとんどいない。
ブリスベン川の船着場で船を待っていると、この町に住んでいるという日本人から
「あれ〜、ひょっとして日本人?珍しいなぁ〜!」
と言われたぐらいだ。
また機会があったら行ってみたいな〜、この町には。

ブリスベンからはレンタカーでゴールドコーストまで移動したのだが、写真のフォードファルコン5000ccは、ハイウェイを走行中に突如バンパーが外れてびっくりさせられた。
トランクとかも巨大なので機材や自分たちの荷物を積むにはいい車だったが。

画像


ゴールドコーストではライフセーバーの大会があり、僕らは西オーストラリア州代表のブラックホエールズと偶然知り合い、練習中の写真などを撮らせてもらった。
そして、この時に撮った写真は、このガイドブックに表紙に選ばれたのだった。

いきなり仕事で行った初の海外は、予定も自分で組んでいたわけじゃないので、ただただ取材して写真撮って、なんだかあっという間に終わってしまったけど、海外は何もかもが日本と違うなんて事もなくて、行ってみりゃ意外と普通だぞ。そんな事を思った旅だった。

まあ、でも、だからと言って、積極的に海外に行こうなんて事はまだ、これっぽっちも思ってなかったんだけどね〜。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
1枚目の橋の写真が気になります。シドニーでしょうか。

鉄鋼を建築素材として多用したエッフェル塔と同時代のものではないでしょうか。
スコットランドの町だったか、有名な鉄道橋がありましたね。
ろっきい
2009/02/13 18:15
あ、写真の説明が何もなかったですね〜(^_^;)

1枚目の写真は、有名なハーバーブリッジです。
言われてみれば、イギリス色が濃いかもしれないですね〜。

2枚目はシドニー郊外のブルーマウンテンズです。
左の岩山がスリーポインテッドシスターズ。

一番最後のは、シドニータワーから見たシドニーの夜景です。
三脚なしで、レンズを窓ガラスに押し当てて撮りました。
Gucchi
2009/02/13 18:52
ちなみに、この時使っていたカメラはCanon T90&A-1です。
Gucchi
2009/02/13 18:56
もう20年前位ですか?懐かしいのでは貴重な一枚。
あ〜ぁ私もありますょ
ushiwakamaru
2009/02/14 19:17
写真が若い!

ぼくもその頃、ニュージーランドでワーホリしてました。持って行ったカメラは、T90です。このカメラ最高でしたね。そのデザインとは裏腹に。
カメラ@NAKAJIMA
2009/02/15 21:18
>ushiwakamaruさん
そうですね〜。初めての海外だったって事もあるし、思い出深い写真ですね〜(^_^;)

>NAKAJIMAさん
そりゃあ、若いですよ。20年近く前の写真ですからね〜(^_^;)
T90はいいカメラでしたね。当事としては斬新なデザイン、僕は好きでしたよ。
単三電池4本で秒間5コマの連写ができ、フィルムの自動巻き戻し、マルチスポット測光など、機能的にも優れもんでしたね。
Gucchi
2009/02/17 10:48

コメントする help

ニックネーム
本 文
あの頃は…ヘッ! Neutral/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる